CHOROGIRON

2025.03.18
【其之四】群馬県桐生市「富岡製糸場」
〜閉場後に到着してもファイティングポーズ〜

2019年7月6日、閉場後に到着してもファイティングポーズ。

桐生に到着した。

いいとか、悪いとか、そういうことではなく、営業時間外なんだよ。

なんで鉄格子の前なのか、とか、鉄格子が錆びているのかとか、製糸場の製の字が消えかけているとか、ごたくはいい、とにかく4回目のファイティングポーズを決める。

だが、ここにきてファイティングポーズの完成度は、かなり精度を増してきた。その手応えを大きく感じる節目となる回だ。

特にジース。間違いなく過去イチのキレを見せている。

まず注目してほしいポイントは、左脚から、左手の先に伸びるそのラインだ。美しく躍動感を伴って拳が突き上げられ、そして右手のにゃんにゃんポーズも決して気を抜くことのない高みにある。

スマホで見ているあなたは、キュキュッと拡大してほしい。
通常、ジースのポーズは左側面、特に左腕に意識が向きすぎて、右腕がおろそかになりがちだ。実際、左脚を含めた左側面のラインは完璧に限りなく近い。だが、この時のジースは、左腕の完成度を上回るほど、右腕を美しい角度におさめている。
脇を締めたコンパクトなスイングは、難しい内角高めの直球もまるで今岡のようにさらりと捌くことができるだろう。(1999年、巨人との開幕戦でガルベスの投じた厳しい内角球をスタンドインした打席を絶賛した落合の気持ちに近しい気持ちだ)

左の足先の角度とか、表情とか。あれ、これ松井くんの完成系じゃないか?えこれまだ其之四だけど。

絹の神が降臨してきたかのような美しく力強いファインティングポーズを中心に、左右上下の面々のポーズも引き締まる。シルクイズゴッド。
個人的には、バータの「クッ、クッ」と伸びやかに広がっている両腕も好みだ。

そして、スタンドイン後のこれだ。

赤ポストというのはすべてを正のパワーに変換する。あの当時の東京とかの写真とか、全部肯定されますからね赤ポストがあると。
たぶんトトロとかにも出ていた(たぶん)。まさに日本の資産。中には一歩も入れないけど。

しかしcanon5Dmark4のこの描写は素晴らしいね。leicaからはデジタルペイティングとか揶揄されることもあるけど、フォトショップで明るさを+15くらいするだけの最短でフワッと彩度も自然にあがりフィニッシュできる。
canonで撮る際はこの程度の加工を施す前提で撮っているけど、そういう意味でも安定の描写力を見せてくれる。(もちろんleicaはまた別次元の魅力を提示してくれるけど)

ここで説明しよう。

ここ桐生市は、江戸時代から絹産業が盛んとなり、特に絹織物や生糸の生産で有名だ。いわゆる「お蚕様」。養蚕業と言われる一時代を築いた産業だ。
明治時代には桐生の高品質な絹織物は全国に流通し、当時の国内の商業の発展に寄与する。

この富岡製糸場は、明治政府が設立した官営事業として、明治5年(1872年)に設立され、日本の製糸業を近代化するためにフランスの技術を導入している。
これにより、生糸の大量生産が可能となり、日本の生糸は世界市場で競争力を持つほどに成長。富岡製糸場は、日本の産業革命の象徴的な施設となって、その影響は全国に広がっていった。
今岡が開幕ホームランを打った1999年には世界遺産に登録され、製糸業の発展を後世に伝える重要な遺産となっている。

織物繊維業という分野で日本国内のこの産業を見ると、基本的には日照量の豊富な太平洋側に、綿織物の一大産地が点在している。つまり、産業の立地としては、太平洋側が圧倒的に有利というわけだ。
だが、この桐生という地域は内陸部。
日照量という地域資源に頼ることなく、お蚕様を基に独自の絹織物産業を築き、官営事業を発展させた、日本の近代産業を支えた素晴らしい地域なのだ。

強みを強みとして活かす、弱みも強みに変換して活かす、まさに現代のビジネスにも通ずる先人の知恵ではなかろうか。

私たちは、そんな畏敬の念を胸に、この日本の近代繊維業の祖たる桐生・富岡製糸場にたどり着いた。そして、閉場後だった。17:14くらいだった。(17:00閉場)

で、閉場後の富岡製糸場前門前町を歩く。
いや、全然明るくない?閉場後なんだけど。我々、入れなかったんだけど。

ごたくはいいんだ。絹ブラシとか見たいし。

軽自動車の行き交う、のどかな門前町を我々は歩く。

そんな中、ふらりと立ち寄った商店で、我々は出会う。

出会う、というか、勝手に買い出した。福井くんが。

「これ、寝巻きにええわ」

この絹の門前町で、ガレージセールのように売られている正絹(しょうけん)100%の羽織物を、ルームウェアとして採用する。

たしかに、明らかにリーズナブルだ。新宿伊勢丹に売っていたら、80倍くらいの値段で売っているだろう。それがこの門前町では80分の1で売っているのだ。

さすが、奈良出身。聖徳太子と聖武天皇のはぐくんだ街で育った人物だ。

その真贋力(しんがんりょく)に、私たちは彼の品性をあらためて理解することができた。手前の松井くんの表情がすべてを物語っている。

さて、本日の宿泊地だ。

桐生にあんま宿ないので、宇都宮で宿を取った。

ここが宇都宮駅だ。

当たり前に、餃子だ。

ちなみに、浜松北高校時代も出席番号で前後だった松井・松下は、浜松市在住だ。
餃子消費量で凌ぎを削る宇都宮市ではあるが、消費量とか味とか、基本的には無頓着である。とりあえず餃子でビールを飲めればいい。

ていうか、こいつまじでいつもスマホで撮影してるな。

それで、助かってるけどね。助かってるけど、いや働き者だな。てか左利きだっけ?

餃子。今これ見るとお腹空いてくるわ。

宇都宮の餃子の歴史とかは、chat GPTとかで調べてください。

ファイティングポーズの旅を始めて、延べ3日目か。

ここに至るまで、いろんなことがあった。

新卒のあの頃とか、組織内での葛藤とか、自分の力がどこまで通用するのかとか、この先の人生とか。

天下一武道会で、互角に戦っていたと思っていた悟空が、重りのリストバンドを下ろしはじめた際の天津飯の気持ちはどんな気持ちだったんだろう?あのリストバンドは、合計で260ポンド(約106kg)あったそうだ。

時をさかのぼれば、中世時代の西洋の鎧も60kgあったという。でも、そんな現実も、現実だ。我々はすべてを受け入れて、明日に向かうしかない。

いや、すべてを受け入れること、背負えることは、幸せなことなのだ。

現役時代はクローザーの責任を果たし続け、そして未来の2025年から監督としてその重責を担う藤川球児の気持ちを胸に、我々は明日の目的地、えどこだっけ?関東よくわからんのよね。栃木?栃木って群馬県栃木市じゃなかったっけ?

栃木に向かう。

え、あれ宇都宮って栃木なの?

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